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2011年5月

エジプトのミイラが高崎に

 先日梅雨入り宣言がなされ、更に台風2号の接近の雨の降る中、29日に高崎シティーギャラリーに行って来ました。

目的は、4月21日から6月21日まで開催されている「古代エジプト 神秘のミイラ展」です。

4月から中核市・高崎誕生記念で企画された展覧会です。

オランダ国立古代博物館が所有している、23,000点の古代エジプトのコレクションの中から、約200点が紹介されていました。

雨が降っていましたが、城址地下駐車場からは傘を差さなくても会場に行けるという利点があり、又日曜日という事も重なり多くの来場者で賑わっていました。

見所としては、鮮やかな色彩のビーズ・ネットや護符に被われた紀元前7~8世紀のミイラとそれを納めた壮麗な棺の数々が展示されていました。

また、死者の来世での無事を祈っての副葬した品や来世に復活する為の呪文と、美しい挿図が記された物も展示され当時の時代背景や風習や生活状況を塊間見る事が出来ました。

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三日連続の礼服

 先週の20日(金曜日)から22日(日曜日)まで三日間連続で礼服を着用しました。

この様なことは私の記憶の中で始めての出来事だと思います。

一日目と二日目は、隣保班の通夜並びに葬儀・告別式でした。

亡くなった方は、享年73歳の男性です。

約22年前に脳腫瘍で手術し、その後遺症で当初は杖を使い歩行が出来ていました。

しかし途中からは車いすの生活となりました。

しかしながら強靱の精神を持って散歩等にも積極的に励み、又家の周辺の雑草取りにも頑張っていて、よく声も掛けてくれました。

しかし一年半前に倒れ、そのまま亡くなるまで入院生活を送っていましたが、ついに5月18日に亡くなったとの知らせを奥様から受けお手伝いの要請を受けました。

今年は我が家は班長ですので、この班のルール通りに我が家を含め3軒の家にお手伝いの連絡を行いました。

現在は斎場で行うことが多いので、4名のお手伝いで事がたりるようになりました。

そのため20日の通夜・21日の葬儀・告別式とも受付を行いました。

多くの参列者で盛大に行われました。

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 22日(日曜日)は今度は一転して祝い事です。

結婚式でした。

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退職する前に一緒の仕事をしていた二人が結婚するとのことで招待を受けていました。

この日は、午後から天候が悪くなり、雨が降っていました。

教会で結婚式を挙げ、その後バルコニーにでるときは、二人のおこないがよいのか天候も回復して日が差しました。

その後披露宴となり、私は、二人から要請されていた、乾杯の挨拶をする事になっていました。

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司会者から紹介され極力短い挨拶をと思い以下の言葉で門出を祝いました。

【照博さん、綾さんご結婚おめでとうございます。

私は以前同じ会社に勤めておりました??と申します。

ご両人のことは当時から何となく本日があるのかなと思う日々がありました。

人生楽しいこと、苦しいこともあります。

そんな時「人」と言う字を思い出してください。

倒れかかった「ノ」の人をしたから「ヽ」必死に支えている姿が「人」という字です。

人生は何事も努力なくして進歩無しと思います。

常に可能性を追求していってください。

乾杯のご指名を受けておりますので、皆様のご協力を得て乾杯したいと思います。

照博さん、綾さん、佐久間家、神尾家の皆様、それに本日御出席されております

皆様のご健康とご多幸を祝し、乾杯したいと思います。

乾杯!!】

この文書を必死に暗記して読み上げました。

その後はホットして飲んだり、食べたりして、2時間余りの披露宴を多いに楽しみました。

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この様な行事で始めて三日間礼服を着用しました。

我が家に咲く花

GWも終わり、5月も後半に向かいました。

我が家の庭も寒暖の差を受けながらも庭や鉢の花が綺麗に咲いています。

又夏の収穫を目指して、ナス・ミニトマト・エコ対策も兼ねたゴーヤの苗も先日植えました。

これらをデジブックにまとめてみました。

米寿の祝い

今月12日・13日に掛けて母の実家のおじさんの米寿の祝いが

みなかみ町の「水明荘」で行われました。

開催通知は、先月の20日頃でした。

突然おじさんから米寿のお祝いをしたいから参加してくれ。

費用は一切心配をしないでくれ、その代わりお返しも無しとのこと。

参加の意思表示を行いました。

おじさんは、我が家の母の弟に当たります。

当日は参加者は12名。

おじさん夫婦、弟夫婦、甥3名と姪3名、それに横浜から長男で戦死した

従兄弟の夫婦が参加しました、

私は当日は、午後半休を取り、翌日は午前半休を取って参加しました。

全員がそろったのは、午後4時半頃でした。

おじさんはその前日には一泊二日で、東北新幹線の「はやぶさ」の

1号車に乗りたくて青森まで行っていたそうです。

本当にタフなおじさんにはたまげさせられました。

全員がそろう前に部屋でビールを飲んだりして雑談をして時間を過ごしました。

全員がそろって、おじさんは、我が家の母が米寿の時に姉が縫って使用した

服を着て記念写真を撮り、そこでおじさんから今までの家の生い立ちや経過の

話をおもしろ、おかしく、話してくれました。

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その話の中に母の生活も語られました。

その後宴会となり、花束や夫婦茶碗とをお祝いとして参加者から贈りました。

又その弟夫婦にも夫婦茶碗を贈りました。

食後の後も一つの部屋に集まり飲んだりしながら、久しぶりにそろったおじさん、

おばさん、甥や姪と午後11時半頃まで話し込みました。

翌朝は朝食後それぞれの都合で解散しました。

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美術館巡り

今年のGWは旅行はせず、もっぱら庭の手入れと、植木鉢の根詰まりの植え替えを行っていました。

そんな中、すでにブログに書き込んだ「森とオーケストラ」の演奏会と後半に市内にある美術館2館を廻ってきました。

 高崎駅西口にある、高崎市美術館では、「岩合光昭写真展ねこ」が行われていて、「ネコが幸せになればヒトも幸せになり!、地球も幸せになる」と語っている写真家岩合光昭氏の40年間に及ぶ写真家人生の中で撮り続けてきた猫たちを一堂に集めた展覧会でした。

ネコの日頃何とも思わない愛くるしくもたくましい表情を見事にとらえた約180点のねこの写真集でした。

又自分達が撮ったねこの写真の作品もロビーで同時に展示されていました。

 歩いて数分の所にある高崎東口にある高崎市タワー美術館では、「大正ロマン・昭和モダン展」が行われていました。

絵画、デザイン、そして詩文と広い分野に作品を残し、細身で瞳の大きな女性を描きセンチメンタルな雰囲気を秘めた美人画の大正ロマンを象徴するイメージを備えた竹下夢二の作品。

又大正から昭和初期にかけては、近代化と都市化が進み流行の先端をゆくモダンガールが登場する大衆文化が花開き少年少女雑誌を中心に活躍する挿絵画家が多く誕生し、そのなかでも流行歌にその名が織り込まれるなどした印象的な眼差しの女性を描いた、高畠華宵の作品を中心とした昭和モダンの作品が展示されていました。

大正ロマン・昭和モダンを彩える日本画・版画・挿絵・楽譜・装丁本等約200点の作品を楽しく見ることが出来ました。

   【高崎市美術館 岩合光昭写真展 ねこ】

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  【高崎市タワー美術館 大正ロマン・昭和モダン展】

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三家族の食事会

 G・Wの始まりの4月29日に恒例の三家族との食事会をいつもの創作料理の店「天城」で行いました。

実はもっと前にする予定でしたが、東日本大震災のためこの日まで延期していました。

この頃の食事会は、今年秋に行く二泊三日の旅行の打合せも兼ねておこなわれている行事です。

今回で19年目の旅行となる旅行は北陸方面にする事になりました。

そして、日頃の生活や病気のこと、息子や孫達の話をしながらいつも異なった創作料理とアルコールに舌づつみしながら楽しい一夜を過ごすことが出来ました。

後は旅行の日程・コース等は私の役目となります。

【創作料理「天城」での三家族&料理】

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